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トヴェルシア共和国の歴史と地理

Tverussia2.png

上の画像はトヴェルシア共和国の地図である。
水色のラインが国境で、トヴェルシア外の緑色の地域がアルヴェルシア連邦の構成国を指す。
下の水色の地帯はカピシイスコエ・モーリ、通称カピス海であり、そこへヴァルガ河が流れていく形になっている。
首都ウミチェクポリはヴァルガとカピスを繋ぐ部分の近くにあることが分かる。
濃い緑のラインで区切られているのは各管区軍の管理区域。
トヴェルシア共和国は愛称としてトヴェルーシとも呼ばれており、古来は東ユートッパの大国、トヴェルーシ公国として栄えていたが、東方より来たる蛮族の侵略により公国は滅亡し支配されてしまっていた。
俗に”ドトールの軛”と呼ばれる東方の蛮族による平野地帯の侵略である。

その後、英雄アレキサンドル・バクーニンらが公国を奪還、トヴェルーシ大公国として再興する。
果たしてこの地に平穏が訪れるが、西方による侵攻を受け再び戦乱へ投じられることになる。
この西方との戦争は三百年にわたり繰り広げられた。
長きに渡る戦乱に傷ついたトヴェルーシはアルヴェルーシ帝国の外圧に耐えきることが出来ず、宗主権下に入ることで西方諸国との戦いから開放されることに成功する。

かくして束の間の平穏を享受することになったが、数百年後の帝国における偉大な社会主義による革命が勃発。
それを機に独立派がクーデターを画策、国内が二分されることになる。
直ぐに体制派は倒れることになるが、アルヴェルーシにおける革命派を筆頭に我らの祖となる社会主義政権が擁立され、これにより独立派と新政権派が対立、内戦へと発展することになる。
独立派は現在の首都にあたるウミチェクポリに籠城したが、新政権派はハノケチェニスクを始めとする周辺の各都市より包囲を行う。
最終的にウミチェクポリにて勇敢な市民による抵抗が発生し、それに乗じ都市に侵入、かくして独立派の掃討に成功した。
こうして我が国は国内の統一を果たし、また共産主義実現のため直ぐにアルヴェルーシ改めアルヴェルシアを始めとした社会主義国家の連邦機構に参加、こうして現在のトヴェルシア・アルヴェルシア社会主義共和国の礎が完成することとなった。

以後、世界規模の戦争が発生し度々我が国はその戦火に巻き込まれ、難敵との戦いに曝されたが、一致団結した勇敢な人民によりその悉くを跳ね返すことに成功している。
その数々の戦いの名残として今も英雄都市として語り継がれる都市を各地に見出すことが出来る。
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イリヤ@TAlSR

Author:イリヤ@TAlSR
トヴェルシア・アルヴェルシア社会主義共和国代表の主権者です。
映画などが好き。
古臭くてごちゃごちゃしてるブログですがどうぞよろしゅう!

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